嫁の流産手術が終わって振り返る

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イクミヤ

1987年2月生まれ。このブログを2017年5月から始めました。たまに真面目な記事も書いています。栃木生まれ大阪育ちで関西弁が上手く喋れないのが悩み。 趣味:映画、晩酌、ブログ、寝る 家族構成:妻と二人
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前の記事を読んでくれた人は知っていると思うが、僕の嫁は流産しました。今までのことを振り返っていきたいと思います。交際7年目に結婚して、結婚して1年目に1度目の妊娠が発覚。

初めていう事もあり二人とも純粋に嬉しかったのを記憶しています。エコー写真を見て毎日喜んでいました。

8週目の心拍確認の日に医者に「赤ちゃんがいない」と宣告されて「なに言ってんの?」って思ったが理解するのに時間がかかった。医者は淡々とした説明だから冷静だったのかもしれない。ただ嫁は呆然と聞いて家に着くまで何も喋らず、僕も喋れなかった。

少し時間が経って喋ると二人とも涙が止まらない。男の僕は涙を堪えようとしたが止まらなかった、支える側は泣いてはいけないと思い反射的に我慢していた。

去年の8月29日に流産の手術が終わって、嫁は手術が終わって流産した現実を理解したようで手術の日まで”もしかしたら”という気持ちがあった。

終わってから子宮収縮剤の薬を飲むのだが、ひどい痛みに襲われ精神も肉体も辛そうだった。僕は精神的にも緩和したかったが、正直難しかった。言葉では到底癒えぬ状態でした。

それから数日過ぎた時にやっていたテレビ番組に僕と嫁は救われた気がした。

有名な産婦人科の先生が出て嫁も見ていたので番組を変えようか迷ったが、嫁は番組を見続けていたので僕も一緒に見ることにした。その内容は子連れの妊婦さんに限り必ず聞く質問があって、「なんでお母さんのとこに来たの?」と子供に聞くらしい。子供の答えは全員一致で「優しそうだったから」と答えるそうだ。

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なんだか胸のつっかえが取れた気がした。

嫁さんは「子供に選んでもらえなかったんやね」と言ったが僕と嫁には過大な影響力がある内容で、「なんで俺のとこ?」「なんで私なん?」っていう気持ちが和らいで少し前向きに考えるようになって年明けには妊活に向けて動きました。

今年の5月下旬には2回目の妊娠をして葉酸のサプリ、基礎体温も毎日計って準備万端で過ごしていた。

寝相で衝撃を与えてしまう恐れがあったので僕は寝室の端っこで寝て食べ物も栄養価のあるものにしたり、とにかく今回は万全だった。

ついに心拍確認の日が来た。僕は仕事だったが急いで病院に向かい、僕は待合のソファで待つことにした。

すると診察室が開いて嫁に呼ばれた。入るなり嫁から「心拍がなかった」と言われた。また医者は淡々と説明をして来週も念のため確認するということ。

翌週は仕事で診察が終わった後ということだったが、病院に向かい到着すると嫁の姿はなく連絡すると奥に座っていると返信があり嫁を発見した。見るからにダメだったんだなぁ様子。

手術の説明を受け病院では気丈な振る舞いだったが、家に着くなり「泣いていいか」と聞かれた。「うん」としか言えなかったが、嫁の泣いている姿が辛そうで辛そうで見ている僕が辛くなるほどだった。

2回も連続で起きればショックは計り知れないと思う。

手術の前日には「3人でいるのは今日が最後やね」と言っていた。「そうやね、ありがとう」これが精一杯でした。

手術が終わって意外にも今回は落ち着いていた。気丈に振舞っているのか分からないが子供が欲しいいという意欲があって、安心しました。

次はいい報告が出来ればと思います。

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